話のしずく 第一滴

第10話

スズメ蜂と虻とわたし

 裏口をあけておくと、家人がいようがいまいが、猫の食べ残しを目がけてスズメ蜂が炊事場へちん入してきます。部屋へ忍びこんで餌にありついた彼らが、では、スラリと戸外に飛び去れるかといえば、たいていは窓ガラスにつきあたって羽音を高くしつづけます。

 ところで、ここにおもしろいエピソードがあります。

 風外という老師さまに、ある人がお教えを請うたところ、老師さまは、外へ出ようとしては障子にポーンと音をたててぶつかってもがいている虻のほうばかり見つめていて、いっこうに教えらしいことを示してくださらない。不満をつのらせていると、こうおっしゃったというのですね。

 「ここは、有名な破れ寺じゃから、ちょいとべつのほうへ頭を廻らせば、すきまだらけでどこへでも出ていける。ところがあの虻は、ここでなければならんというわけで、あの障子に何度も何度もぶつかって、そのうち死んでしまいますわなぁ」

 そして一息おいて言われた。

 「しかし、これは、虻ばかりとはかぎらん。人間も同じようなことをしているわな」

 この虻は、とりもなおさず、わが山寺のスズメ蜂、つまりは、私そのものであります。悩みの迷路に落ち込んだ私の目には、もう何も見えはしない。ここが出口なんだよと示されるそのことすら、私の悩みをいっそう深めるものになり、広大無辺の教えなど聞こえるものではありません。

 自らを取りまくもろもろの状況について、自分が判断しているのだから、確かだ―と、とらわれて、それ以外の世界が見えず、こころの窓が開かないのです。月があそこにでていますよと、月をさし示した、その指にしか気づかぬ話は、他人ごとではありません。

 いかがでしょうか。

第9話

一方的なつごうでの好ききらい

 水無月の朝、戸の周りをみると、両翼差し渡し15cmくらいの羽を広げた蛾が悠々ととまっていることがあります。幼いころから私は蛾を見ると、なぜかギョッとして、木切れなどで向うへ行けとばかり追い払うのが常でした。気味が悪いのです。

 それはきっと、母親が蛾は毒になる鱗粉をまき散らすから触ってはいけないと厳しく教えたからだと親の責任にしたりして、未だにその軛から抜け出せずにいるのですが、もう一つ、彼らは両方の羽のいずれにも、大型の円形の斑紋がそれぞれに描かれていて、恰もギョロリとした目つきで威嚇しているようなところがあるからではないかと思いついてもいます。

 また、なぜあのようなくすんだ白っぽい茶褐色をし、ある部分には濃い茶色のラインなどで色どるのか不思議でした。それに動きといえば極めて緩慢で、触れば戸の下にボトンと落ちる姿も気味の悪さを倍加させます。でも、彼らは林から灯火にまでやってきたのですから、相当の距離を力強く飛翔してきたに違いない。

 蛾は、林に育ち木の幹にとまって生活しています。天敵から身を守らねばならない。彼らのギョロリの紋も、茶褐色に統一したり、線による濃淡をつけ配色にも苦労しているのは、止まっている木の幹や模様にあわせて自分の輪郭を不明確にし、そこにいるのを他の動物、昆虫たちから見えにくくさせる保護色としての役割を持たせていることが研究者によって説明されています。

 と見てくると、鱗粉が散る現象や鈍い動きと見られる点にも蛾が生きる上に意味深いものが隠されているはずで、すでにこれも解明されているのでしょうか。

 一方的な都合で好きだ、嫌いだと決め付けるのは、知恵ある人間としてとるべき態度ではない。毛嫌いする大人、殊に幼い子供たちには、昆虫や動物の観察の仕方と配慮ある受けいれかた、つまりはそこに存在しているものの命についての教育が求められます。

第8話

なにをもって真理とする

 40年ばかり前、自著への推薦文をお願いしようと、当時、花園大学の学長で、その後、私たちの宗派の管長職につかれた山田無文老師をお訪ねしました。

 談たまたま住職している寺の話になりました。「本堂や庫裏が老朽化して、改築を考えているのですが、なにせ、資金がないのでほとほと困っています」。そうしたら、老師がこうおっしゃいました。

 「大きな伽藍を持った寺やからというて、住職の値打ちがどうなるものでもない。雨露をしのげるもんでよろしいがな」

 老師くらい立派なお方なら草の庵であろうが、どんな生活をされようが、世間は放っておくまいが、私のような者はそうはいかない―そんな思いを抱いたのを覚えています。結局、私は規模の小さな寺を再建して今日に至りました。

 中国の儒家、孔子には、直接の弟子が70人ありました。その中で最も財豊かであったのは、子貢。最も貧しかったのは原憲という弟子で、住んでいた家は次のようであったといいます。

 「湿地に建つ一丈四方で、屋根は生の蓬でつくられており、破れた窓はかめでふさがれている」

 訪れた子貢が「なんと苦しんでおられることか」といいました。すると、原憲は、

 「財産のないことを貧しいといい、学んだ内容を実践できないことを苦しむといいます。私は、貧しくはあるが、苦しんではいない」と応えました。子貢は生涯、自分の失言を恥ずかしく思ったと、「史記」に出ています。

 ところで、無文老師の言葉は、歳を重ねるほどに真実性と重みが加わっていくように感じられます。しかし、多くの人の目が全く別のところに向けられているのも、また、事実。何が真理か、何が法なのか。

 見る目を誤ってはなりません。

第7話

弱い人間の強さ

 人間ははかない存在だと顧みることが少なくありません。はかないとは、か弱い存在にも通じます。が、一方、ある面ではとても強いものを見せる存在でもある事象に接することがあります。

 アウシュヴィッツ強制収容所がどのようなところであったかは、すでに周知のことですからくわしくは触れませんが、そこで餓死室に送られることになった一人のポーランド人のために、身代わりを申し出た神父の話は、人間の心の強さをしみじみ教えてくれます。

 神父の名をマクシミリアン・コルベといい、「私には妻も子もいません。あの人には家族があります」といって、地下の餓死室へ下りていきました。二週間後、最後まで生き残った神父は注射で命を奪われたといいます。このとき、助けられたポーランド人―フランチシェク・ガヨブニチェクさんは、94歳でなくなりました。

 また、確かアメリカでの事件だったと記憶していますが、厳寒の時期、何かの事故で氷の浮く川に投げ出された時、目の前に投げられてきた助けのロープを人に譲って自分は沈んでいったという話もあります。

 これらから、人は強い精神力をもっているものだと教えられます。誰でもそのような力を持っているのでしょうか。阪神大震災では、身代わりになってくれたといって悲しみにくれる人、妻と手を握り合ったまま押しつぶされ、2時間ほどたつと妻の手から力も体温もなくなっていったと悲惨な回想をしながらも立ち直りつつある人に接すると、人間みんな等しく強靭な生きる力を育て持っているに違いないとの確信を抱きます。

 自分がそのような切羽詰った危機的な状況におかれた時、少なくとも、私は、以上のかたがたと同じような行為をしよう、せずばなるまいと誓っています。

第6話

娯楽でいのちを奪うな

 ヨーロッパで「アニマル・ライト」という運動が活発で、テロにまで走る組織があり、社会的な問題になっているといいます。運動で訴えている内容は次のようなものです。

 動物実験を全面的に禁止すること。狐狩りなど狩猟を規制すること。サーモン・フィッシングをはじめとする魚つりへの抗議などなどです。

 また、こういう報告もあります。ヨーロッパでは、柔らかくて色の薄い子牛の肉が好まれるそうですが、そのような肉にするため、固い赤みの筋肉がつかないよう子牛を身動きのとれない狭いおりに入れるのが普通の飼いかたで、これは動物の虐待に当るとして抗議しています。最近、ドイツやイギリスではこの飼いかたを禁止したそうです。

 何年か前、テレホン法話で漁業などの職業としてのそれを否定はできないが、自分の趣味、娯楽のための魚つりはやめようと訴えたことがありました。仏教では、いのちを奪ってはならぬと「不殺生戒」を説きます。

 現実には私は他のいのちを奪わずには生きられません。日々の食事は、そのまま殺りくの血生臭き場面の連続でもあります。だからです、逃げられない私であることを自覚し、同時に深くさんげして、自分がしたいからと欲するままに、また、必要以上に他者のいのちを奪うようなことは控えねばなりません。それを「不殺生戒」と読みとればよろしい。

 「アニマル・ライト」運動がその主張の実現を急ぐあまりテロに走り、人間のいのちを奪うのは、はなはだしい本末転倒といわざるを得ませんが、この運動の心には学ぶものがあります。

 このごろ、多くの人々は、今までのどちらかといえばものを求めようとしてきた考えから、心の問題や精神的な目的のために人生の意味を考え求めるようになってきています。

 これは望ましい傾向ではあります。

第5話

「自讃毀他」という名の戒

 「今時の若い者は―」という批判の心は、歳をとるほどに大きくなってくるもののように覚えます。若い親は、自分の子供のしつけすらできていない、あの娘の服装はどうだ、まるで裸ではないかとなったりします。

 しかし、これらの現象は批判することなくうけいれざるを得ないようで、黙ってみている以外しかたあるまいとあきらめの感を強くせざるはない。いつの時代も老人と若者の間にはこのような断絶が繰り返されているのでしょう。

 だからといって黙してはいられないものもある。「自分を褒めてやりたい」と完走した選手が口にしたからかどうか、自らを褒めることに終始する傾向がひどくなってきてはいないでしょうか。

 自分の存在をアピールするのは、戦後一貫して自己主張を推し進める教育が施されてきましたから、その結果として止むを得ない面があります。だが、自ずからを讃える、その根底に培われているであろうわが身のかけがえなき存在としての自覚は、同時に他者にも向わねばならない。

 仏教で説く戒律の一つに、「自讃毀他戒」とあります。「自らを褒めたたえ、他人をそしり傷つけてはならぬ」との意。自分で自分を褒めるのは、自慢です。のみならず返す刃で相手をそしるとあっては、どうにもならない。他者をそしることで自らの価値が上がるものとの誤解が世にはばかってはいまいか。

 他者と対している時、自分が「自讃毀他戒」を破るような内容や表現になっていないかと、私はたえず戒めながら話しているつもりですが、なかなか自分のことはわからないもの。

 さて、どうでしょうか。

第4話

忍び、信じ、望み、耐える−このむずかしきこと

 仏教行事の「お盆」の「盆」は、サンスクリットのことば「ウランバーナ」をあてたもので、「倒けんの苦しみから救う」との意。脚をくくられさかしまにつりさげられれば、頭が下になりいかにも苦しく、死ぬほどの思いをもつでしょう。そこから転じて、さかしまの見方、あべこべの生き方をしないためにわが心を整え、そのような生き方をしている人を救わねばならないとします。

 この話にキリストの教えはそぐわないようですが、聖書の「コリント人への第一の手紙13章」に「愛」について示された部分があります。

 「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」

 ここに「忍び」とあり、もとの言葉には、「カバーする」とか「家を覆う」という意味があるようで、地震の際など、母親が幼い子供の上に覆いかぶさって命を救うというケースを耳にしますが、まさにそのことを指しています。

 さらに「耐える」とあり、これには、愛するものが下に落ちないように、自分が下にいてずっと支えつくすといった意味がこめられている。

 私たちの教えからいえばまさに「菩薩行」であり、「慈悲」そのものです。あべこべの生き方をしている人を救うにしても、むりに相手を変えようとするのでなく、その姿をそのままに受けいれ包みこんだ上で、自然に理解されるまで慈しみながら相い対し続けていくことを表わしています。

 私にそれができているか。自らに反問しています。

第3話

チラシ広告の裏を使う

 ここずいぶん長い間、配達される新聞と一緒に届けられる折込広告の多いことに驚かされます。配達の方の苦労のほどが偲ばれる。

 広告を手にとって見る人が多いのか少ないのかよくわかりませんが、食料品の場合は、どこに大売出しがあるのかを確かめるのに役立ちますから、私どものように町から離れたところに住んでいる者と違い、市街地の、ことに主婦のかたなどはよくご覧になるのでしょう。ある職種の広告が多いかと思うと、ある時期にはまた違った企業のものが多くなったりの変化があって、社会の情勢がちらしによって分かる一面もあります。

 ところで、私どものところでは、新聞を読んだあと、必ずちらしに目を通します。先程ふれた社会情勢云々の意味もなくはありませんが、私の場合、ちらしの中に裏の白いものがあるかどうかを探すのが主な目的です。

 裏白のものがあると、しめしめとばかりに4分の1に切断し、メモ用紙として使えるようにします。ある人は、裏白のちらしがないと、一日機嫌が悪くなるといいます。私は、それほどではありませんが、まあ五十歩百歩でしょうか。

 また、いただいた私製ハガキや封書のうち、そのまま保存するもの以外は切手を切り取ります。箱一杯になると、地区の老人クラブが収集していますから届けます。封筒は裏返しにし糊付けして再使用します。

 以前読んだ本に、ある作家が「ケチの最たるものは、ちらしの裏を使うことだ」と言い、さらに「私もそうしている」とありました。

 「ものに執着するのではなく、精神的な豊かさに幸せを求めていくことがこれからの日本人には大切だ」といわれた神戸ドイツ総領事のニルス・グルーベルさんの言葉は、以上、述べた事がらと無関係ではありません。

第2話

いのちを見すえて食べる

 あるパンフレットに胃を切除した人は、食べたものが胃で消化されずに直接腸へ送りこまれるため、腸は四苦八苦している。だから、少量ずつよく噛み、時間をかけなさいとありました。俗に胃が大きくなって元に復するなどというが、あり得ないので注意すべしともありました。

 私も該当者の一人ですから身につまされましたが、よく噛むとは、食物一つ一つのいのちを見据えて食べることに通じます。食べるとは、私以外の命を奪い、身体の中に採り入れて私が生きながらえる行為です。だから、よし、食ってやるといった不遜な態度で食べてはならない。このこと大切に、食べる行為を謙虚なものにしましょう。

 ところでいったい、一日に口にするご飯の量は、ご飯粒としてどれほどでしょうか。平均すると4,000粒ぐらい、稲の穂だとおよそ25本分の米粒に当たるという。消化管では幾種類もの消化液を適切に分泌し、ご飯粒の形を分解してまったく違ったものにし、遂には私のいのちの一部にかえてくれています。しかも、本人が一切自覚していないところで行われている。不思議です。

 園芸作家の銅金祐司さんは、

 「ご飯が自分自身に変化する。僕はご飯なんだろうか。ご飯が僕なんだろうか。まさしく宇宙の神秘である」といい、さらに、「食べることはありきたりで誰も振り返らない日常のことのようだが、でも、とてつもないことだ。自分がこうして生きていることこそに、宇宙が忍び込んで頼りあっている」と書かれます。

 大自然に組みこまれて生かされている自分のありように畏敬の念を抱く、そこに宗教心の芽生えがあります。今、子どもたちにこのことをぜひ、教え示さねばなりませんが、その前におとなの私たちがまず学ばねばなりますまい。

第1話

ほんとうの「わび」と「さび」

 日本の禅は、欧米でも「ゼン」という言葉で通用していて、禅の文化として茶道や華道が取り沙汰されることが多いようです。そこでは、「わび」とか「さび」に目が注がれ、禅そのものではないのですが、禅の思想に触れる手段としてうまく利用されているようでもあります。

 ところで、「わび」や「さび」を強く説く文化であるのに、茶道や華道、ことに茶道では逆を行くような現象が見られるのはどうしたことでしょうか。

 たとえば、亭主の説明のあと、拝見するというのか、鑑賞するというのでしょうか、お茶の道具をしみじみと眺め入る場面があります。亭主が、なんとかのなつめでございますといえば、いかにも感歎久しくするような面持ちで見つめる。

 なつめは、抹茶をいれておく容器ですから、湿気を呼ばなければそれでいいようなものですが、年代物や有名人の作りなどで、値段のずいぶん高いものを用いるようで、これがまた、亭主の自慢にもなっているのでしょうか、とにかくそのような状景がある。

 抹茶茶碗一つをとっても同じ。「さび」「わび」どころか、むしろ、「華美」「ぜいたく」の方向にあるようで、はてさてどこかでお茶の道を間違えたのではないかと気にかかります。

 オーストラリアの出身で、日本に来て40年というパウロ・グリン神父、ミサで芭蕉の句を引用するほど日本文化に造詣が深いかたですが、このほど、「ちゃんちゃんこ姿のキリストを抱く、かすり着物姿のマリア」という純和風の聖母像を母国の教会に送られるそうです。神父の言葉がいい。

 「質素な着物でないと、わびやさびの心は伝わりません」